疲れも溜まってきた夜の時間帯、パソコンに向かって終わらない仕事を黙々と片付けていたら、事務所に突然乱入者が現れた。
「うおおぉい、そこを動くなぁ!?」
黒い目出し帽を被った男3人組が声を荒げながら入って来たかと思うと、「社長はどこだぁ!?」と叫んだ。
テロリスト!?
まだ出先から帰っていないのだが、恐怖で声が上手く出ない。
「あ……あ……」
「いるのか聞いてんだよ!」
1人の男が俺に近付いてきて、血走った目で睨みつけてきた。
その手にはギラリと光を反射するナイフが握られている。
「しゃ……社長は今出掛けていて、いないです」
「だったらさっさと呼び戻せ!」
震える手でスマホを操作して、社長に電話をかける。
しばらく呼び出し音が続いた。
しかし応答がなく留守番電話に切り替わった。
「社長、今どこですか!? すぐに帰ってきて下さい! ヤバい奴らに拉致されてて……」
ここまで言った時、スマホを乱暴に取り上げられてしまった。
「余計なこと言ってんじぇねえよ!」
殴られはしなかったものの、恐怖で身体が震え上がる。
『あいつらまぢ怖えぇ……』
突然頭にそんな声が流れ込んで来た。
俺はその声の主の方を見た。
そこには黒髪ショートカットの少女の姿。
俺と同じように椅子に座り、身動き出来ないでいる。
特徴である常に眠そうな瞳をこちらに向けながら、口も動かさず言葉を伝えてきた。
『どどどどどどうしよう……』
めっちゃ動揺していた。
そりゃそうだ。こんな怖い思いをしているのだから。
彼女の名前は壁。
初めて聞いた時は己の耳を疑った。
ましてや女の子なのに。
ちなみに芸名だ。
この会社はアイドル事務所をやっている。
何事にも動じない様子(表情に出ないだけだが)と、どんな困難な壁にも挑んで欲しいと言う社長の願いと、インパクトのある名前を考えた結果なのだそう。
まあでも胸はカベ……。
『ああああああん!?』
眉間にしわを寄せて、壁は鬼のような形相で俺を睨んでいた。
すまない……。
心の中で謝ると、少しは許したのか眉のしわはなくなった。
そんな壁には特殊な能力がある。
付近にいる特定の人物の脳内に、直接語り掛けるというものである。
逆に相手の思考を読み取ることも出来る。
その能力のおかげで男達にばれずに意思疎通が出来るが、どうしたものか。
男達はというと、落ち着かないのか常に動きまわっている。
そもそも社長を呼び出す原因は何なのだろう。
様子から察するに相当の恨みでもあるようだが……。
『社長のことだから、きっとまた何か知らない内にやらかしたんではなかろうか』
十分ありえそうだ。
俺が働いているこの会社の従業員は3人だ。
俺と壁と社長。
前職がブラック企業だった俺は、転職が中々上手く行かず困り果てていた。
そんな時に出会ったのがこの会社。
所属アイドルは壁1人。
駆け出しの事務所だ。
縁あって採用されて、マネージャーや事務仕事など多忙な日々を送っている。
壁の顔は実際結構可愛いと思う。
『いぇーーい』
表情を変えないままテンションが上がっている壁の声が脳内に響いた。
最近はちらほらテレビの出演オファーも来ていて、事業が軌道に乗り始めたと思った矢先に現在の事件である。
社長は従業員を守る為ならなんでもする!
そう何度も明言しており、行き過ぎた行動で煙たがられることもしばしば。
なので今目の前にいる3人の男達も何かされたのかもしれない。
とは言え、流石にここまで怒りを買うようなことはしないと思うのだが……。
その時、社長が帰ってきた。
「2人とも、大丈夫かい!?」
ニカッ! と笑顔を浮かべて真っ白な歯を見せながら、社長は部屋に入って来た。
スキンヘッドの頭皮がまぶしく輝いている。
「室内の監視カメラをスマホで見たらこりゃ大変! すっ飛んで来たぞーー!」
Tシャツがはち切れそうな程盛り上がった筋肉。
腕は丸太のように太く、豪快にスイングしながら男達3人をあっという間に薙ぎ払っていった。
『社長、まぢ神』
「くそが……お前のせいで俺達は大会で優勝できなかったんだぞ!」
優勝? 何のことだ?
「もしかして先日のボディビルの大会かい? いやぁそれはすまなかったね!」
hahahaと外国映画のような笑い方をしながら社長が答えた。
男達も一般人に比べたら筋肉があるようだが、優勝出来なかったから襲撃するって……。
『私達まぢ不憫』
壁の声に俺は激しく同意した。

